コラム

50代になって、遺言を書いてみた話

最近、「終活」という言葉をよく耳にするようになりました。私は50代ですが、この年齢でも同世代の訃報を時折聞くようになり、「自分もそろそろ準備しておいた方がよいのでは」と思うようになりました。そこで実際に遺言を作成してみた体験を、行政書士としての視点を交えてご紹介します。

なぜ50代で遺言を?

「遺言なんて70代や80代になってからで十分では?」とよく言われます。しかし実際には人の寿命なんてわからないものです。ましてや、個人事業や事業経営している者にとっては、自分が突然動けなくなった後に顧客や関係者が慌てないよう極力対策をたてておくのが安心です。

どんな順序ですすめたか

1.緊急連絡先一覧を作成

遺言とは関係ありませんが、まず、万が一の時の緊急連絡先一覧を作り、家族に渡しました。

以前、同業者が突然亡くなり、受任中のお客様が大変な目にあった話を聞いていたからです。私は外国人のビザ関係を取扱いしているため、万が一の際に顧客がオーバーステイになってしまうリスクがあります。そこで、案件の種類ごとに誰にヘルプを頼むのか、仕事をしっかりやってくれる同業者に事前にお伝えして、連絡先に記載しました。

2.自分の資産のリスト化

次に、現在の資産状況を把握するため、預貯金や保険、不動産、株式などをリスト化し、「見える化」しました。家庭裁判所ホームページの成年後見サイトにある「財産目録」の様式を見本に使うと便利です。私は成年後見業務で普段から使っている「財産目録」を修正して作りました。財産目録を作っておくことで、いざというとき家族が困らないだけでなく、自分自身もこれからの生活設計を立てやすいです。

3.遺言形式は自筆か公正証書か

遺言の形式を「自筆証書遺言」と「公正証書遺言」どちらにするかです。それぞれの特徴を知ったうえで、自分に合った方法を検討しました。

◆ 自筆証書遺言

メリット

  • 自分だけで作成できるため、費用がほとんどかからない

  • 思い立ったときにすぐに書ける

  • 内容を他人に知られずに作成できる

デメリット

  • 書き方に不備があると無効になる可能性がある

  • 家族が発見できない、または隠されてしまうリスクがある

  • 相続開始後に家庭裁判所で「検認手続き」が必要で、時間と手間がかかる

◆ 公正証書遺言

メリット

  • 公証人が関与するため、形式不備で無効になる心配がない

  • 原本が公証役場に保管されるため、紛失や改ざんのリスクがない

  • 検認手続きが不要で、相続開始後すぐに執行できる

デメリット

  • 公証人への手数料がかかる(財産額に応じて数万円~)

  • 公証人や証人に内容を知られるため、完全に秘密にできない

  • 作成には事前準備や日程調整が必要で、手軽さに欠ける

ここで、2020年(令和2年)7月から始まった 「自筆証書遺言書保管制度」 の利用も念頭に入れました。この制度は、法務局で自筆証書遺言を預かってもらえる新しい仕組みです。これにより、自筆遺言のデメリットが大幅に改善されました。ただし注意点もありますので、メリット・デメリットを整理してみます。

◆ 自筆証書遺言書保管制度のメリット

  1. 紛失・改ざんの心配がない

    法務局で原本を保管するため、自宅で保管する場合の「紛失・盗難・改ざん」のリスクがなくなります。

  2. 家庭裁判所の検認が不要

    従来の自筆証書遺言は、相続開始後に家庭裁判所で「検認手続き」が必要でしたが、保管制度を利用すれば不要になり、相続開始後の手続きがスムーズになります。

  3. 本人以外は閲覧できない

    生前は遺言者本人だけが閲覧可能。相続開始後に相続人が請求すれば、法務局から「遺言書情報証明書」が交付されます。

  4. 費用が安い

    保管申請の手数料は1通につき 3,900円(2025年9月現在)。公正証書遺言よりはるかに低コストです。

  5. 作成の相談も可能

    法務局窓口で形式面の確認をしてもらえるため、形式的な不備のリスクを大きく減らせます。

◆ 自筆証書遺言書保管制度のデメリット

  1. 内容のチェックはしてもらえない

    法務局は形式面しか確認しないため、内容の妥当性(相続分の偏り、相続税の問題など)は自己責任。法律的に有効でも「争いの原因」になる書き方は避けられません。

  2. 利用には本人が出頭する必要がある

    代理人による申請はできず、必ず本人が法務局に出向かなければなりません。体が不自由な方には不便です。

  3. 証人が不要=秘密裏に作れるが、逆に相談不足になることも

    誰にも知られず作れる反面、専門家に相談せず作ると、将来トラブルになる可能性があります。

  4. 相続人には「遺言があるかどうか」が通知されない

    相続開始後も自動で知らせてもらえるわけではなく、相続人が自ら法務局に照会しなければ存在を確認できません。

  5. 財産の特定が難しいケースには不向き

    不動産や事業承継など、複雑な相続が絡む場合は、公正証書遺言の方が安心です。

私は今後も遺言の作り直しをする可能性が高く、遺言内容も複雑ではありません。法務局への本人出頭も問題なくできるため、「自筆証書遺言」を作って、法務局保管制度を利用することにしました。

4.遺言内容の検討

誰に、どの財産をどう分けるか。ここで大切なのは「公平さ」よりも「自分の意思を明確にすること」です。専門家の立場から言えば、無理に全員が納得する分け方を目指すより、本人が納得できる形を優先するのがポイントです。

遺言は一度作ったら終わりではありません。家族構成や財産状況が変われば、内容も見直す必要があります。なので、5年ごとに点検するくらいの気持ちで文案を作りました。

5.住民票・戸籍などの取得

相続人や受遺者、遺言執行者の正確な氏名と生年月日の情報が必要なので、戸籍謄本や住民票を取得しました。なお、法務局へ提出するのは、自分の住民票だけです。戸籍の提出は不要でした。

6.遺言を自筆

パソコンで作った文案を見ながら全文を自筆。A4で3枚になりましたが、こんなにも長文を自筆で書くことは近年なかったので手がプルプルしました(笑)。小学生の頃通っていた書道教室で一文字一文字丁寧に書いていたことを思い出しました。

それから、法務局に出す保管申請書も作成。ここにも自分や相続人・遺言執行者の情報を記載します。これで書類の準備は完了です。

7.法務局に予約

自筆証書遺言法務局保管申請は予約制です。私はオンラインで予約を入れました。1カ月先まで日付が選べます。私の住所を管轄する法務局は、3週間後まで予約がいっぱいでした。この制度を利用する人は結構いるようです。

法務局保管制度の利用体験は別の記事にまとめます。

おわりに

50代はまだまだ元気な年代。だからこそ、冷静に未来を見据えながら遺言を作成できるタイミングです。実際に遺言を作ってみて、「これで顧客や家族に迷惑をかけずに済む」という安心感が得られました。

遺言は「死の準備」ではなく、「これからの人生を安心して楽しむための準備」。そう考えると、50代から始める価値は十分にあると思います。